【日記の最新記事】
2010年03月13日
般若心経 不増不減
般若心経の中に不増不減という箇所がある。これは、お金におきかえるとわかりやすい。おおいに貯めこんだ貯金を使い果たしてしまったゼロと、多額の借金をかかえこみ、なんとか無理してがんばってすべての返済を終えたゼロと、同じゼロでありながら、あじわう思いには全く別のものがある。また、出費をおそれ、ケチる人は大きな金儲けはできない。きれいにドーンと出す人の方が稼ぎも大きいものである。
もてない男に送るエール
私自身、女ではそうとう苦労しましたから、もてない人の気持ちはよくわかります。今までの失恋をふりかえってみると、自分と同じ欠点をもつ女性ばかりおいかけていたような気がします。また、女というものは女以外のものに熱中する男の姿にひかれるのではないかと思います。そして、女にもてるのも、もてないのも、そういう遺伝子があるのではないかと思うくらい、もてる人というのは、なにもしなくても、女をよびこむフェロモンが出ていると思うのです。ぼくは、もてもて本や、もてもて講座なるものは、信用しません。そんなことより、男に好かれるような人の方がよほど、えらいと思います。あの、黒しか似合わないホストクラブのワルなんかより、男にしたわれて、人脈をきずく人の方がましだと思います。また、女なしで生きられる人のほうが、女からも信用されると思います。
多重債務について
私は以前、多重債務をかかえている女性と知り合ったことがあります。なんとか力になろうといろいろ手をつくしてみましたが、だめでした。彼女は仕事もまじめで、情熱があり、人のいうことをよくききます。ただ、ひとつだけ気になったのは、人を責める癖がありました。借金をすると、返済をめぐり、人から責められる立場に追いやられます。そのことを、彼女に告げると、納得しているようでしたが、それは先祖から受け継いだもので直らないといっていました。お金の苦労は、意志の弱さだけではないということを痛感しました。
結婚お手上げ宣言
私は、この年になり、結婚をあきらめることを宣言いたします。おもえば、失恋二十七回。やっとの思いで、相思相愛の人とめぐりあったと思うと、むこうの父親に猛反対されました。これからは、女以外のものに目を向け、女以外のものに情熱を注ぎます。
ここまでわかった精神病の正体
法律の言葉に拡大解釈、縮小解釈、反対解釈というのがある。よいことだけ拡大解釈して、悪い事を縮小、または反対解釈すると、自己評価が高くなり、統合失調症になりやすい。また、よいことを縮小解釈、悪い事を拡大解釈すると、自己評価が低くなり、うつ病になりやすい。その他に、大きなことを見逃して、小さなことに過剰な反応をしめすというのがある。また、精神病になる人はじつにこだわりが多い。それも、大きなことではなくて、小さなことに、異常にこだわる人が多い。
2010年03月05日
父の葬儀4
ご会葬の皆様、本日はお忙しい中、わざわざ父、堀邦弘の葬儀に多数様、ご参列いただきまして、誠にありがとうございます。おかげさまで、式も滞りなく終えることが出来、故人の霊も喜んでいることと思います。父は十年前、脳梗塞をわずらい、入退院を繰り返し、一喜一憂してまいりましたが、去る、八月二十八日午前十時、中通病院にて、七十四歳の生涯を閉じました。
亡き父の人柄を思い起こしてみますと、徹底して悪い事のできない人でありました。そのようなお堅い父ではありましたが、今から三十年以上昔に次のような出来事がありました。故人の恥をさらすようで、恐縮なんですが、よほど腹にすえかねることがあったのでしょう、お祭りのおみくじを盗むというできごとがありました。父はお宮の階段をおりる途中、森の方にむかって、なにやら投げているので、子供心にも不審に思い、何を投げているのかと尋ねると、貝を投げているんだという答えが返ってきました。森に向かって投げた貝の数が三つ、当時のおまつりのおみくじが三十円。森に向かって投げたのは実は貝ではなく、十円玉ではなかったかと、今にしておもうわけです。そのおみくじに、よい事が書いてあってたのか、それとも、神様のおさとしが、書いてあったのか、詳しいことはわかりませんが、そのようなことをしたあとにもかかわらず、父の顔ははればれとしておりました。
ここで、あらためて生前皆様から賜りましたご厚情に深く御礼申し上げるとともに、皆様方に対し、ひとことのご挨拶もできずに、急逝した父にかわりまして、皆様のご健康と幸せをお祈りしながら、最後のお別れを申し上げます。今後とも変わらぬご支援とご愛顧を賜りますようよろしくお願いいたします。本日は誠にありがとうごさいました。
亡き父の人柄を思い起こしてみますと、徹底して悪い事のできない人でありました。そのようなお堅い父ではありましたが、今から三十年以上昔に次のような出来事がありました。故人の恥をさらすようで、恐縮なんですが、よほど腹にすえかねることがあったのでしょう、お祭りのおみくじを盗むというできごとがありました。父はお宮の階段をおりる途中、森の方にむかって、なにやら投げているので、子供心にも不審に思い、何を投げているのかと尋ねると、貝を投げているんだという答えが返ってきました。森に向かって投げた貝の数が三つ、当時のおまつりのおみくじが三十円。森に向かって投げたのは実は貝ではなく、十円玉ではなかったかと、今にしておもうわけです。そのおみくじに、よい事が書いてあってたのか、それとも、神様のおさとしが、書いてあったのか、詳しいことはわかりませんが、そのようなことをしたあとにもかかわらず、父の顔ははればれとしておりました。
ここで、あらためて生前皆様から賜りましたご厚情に深く御礼申し上げるとともに、皆様方に対し、ひとことのご挨拶もできずに、急逝した父にかわりまして、皆様のご健康と幸せをお祈りしながら、最後のお別れを申し上げます。今後とも変わらぬご支援とご愛顧を賜りますようよろしくお願いいたします。本日は誠にありがとうごさいました。
こんなのアリ?
わたしの小学生時代に、知恵遅れで特殊学級の男がいた。いっしょに遊んだ事も、口をきいたこともなかった。一方わたしはIQが校内トップの百五十だった。このふたりが、三十年ぶりに再会したのは同じ会社の社員としてだった。彼は手取り足取り親切に教えてくれた。聞くところによると、彼は中学卒業いらい、勤続しているとのことだったから、私の驚きは、想像におまかせするしかない。私はというと、日本全国の会社をたらいまわしされること、六十二回、彼は、一度も転職していない。知能指数なんてなんの役にも立たないとおもいしらされたしだいである。是非ともコメントをおねがいする。
キェルケゴールの誤り
彼の最大の誤りは罪というものにこだわりすぎた点である。イエスでさえ、罪のないものなどいないといっているのに、彼は罪をゼロにすることをめざした。彼は教会の人にまで、あなたたちは罪びとであると、説法し、自分の消えない罪に絶望的になり、絶望は罪であるとまで、書いた。すべての人に嫌われ、雪のまちでのたれ死んだのである。だが、彼は信仰者であると、同時に哲学者だった。宗教の目的が人を救い、人を幸せにすることなら、哲学の目的は、あるひとつのことを徹底的にほりさげることであるから、罪というものを徹底的に掘り下げた彼の功績は大きいといわざるをえない。
太宰治が自殺した理由
誰に読ませても才能があり、女にはちやほやされる。しかし、まわりの人間はくだらないやつばかり目について、くだらないできごとばかりおこる。天才であるはずの太宰のまわりになぜ、こんなことがおきるのか。類縁の法則を太宰が知っていれば、彼は晩年にいたって、もっと大きな作品を残せただろう。太宰自身にくだらない要素があったことに、本人が認めていれば、あんな悲劇は起こり得ないのだ。相手が女であっても、残酷な仕打ちをうけることもある。彼は、作品の中で、おんなのいない世界に行きたいと正直に告白しているからである。この意見がおかしいと思う人は遠慮なくコメントください。
ワールドメイトと私
ワールドメイト〔当時コスモメイト〕と出会った時、わたしははじめて、本物の宗教と出会ったと感じた。ワールドメイトを論じるとき、とても一ページや二ページで語りつくせるものではない。そんなわたしでも、いろいろ感じることがあり、大変迷惑をかけてしまった。受けた恩は無限であり、ささげたものは無にひとしい。結局つまらないことから、縁がきれてしまったが、わたしが、行き詰まったときなど、アフターサービスなのかなんなのかしらないけど、リーダーが、夢にまであらわれて色々教えてくれる。ワールドメイト批判でいちばん多いのが、お金がかかりすぎるというものだが、わたしは会員時代、お金に困ったことなど、一度もなくて、会員でない今は、メイトに払うお金はゼロのはずなのに、お金に困っている。教祖となる人が、教団をつくるまでに、何十年という修行時代があるのに、ましてや、一般会員が、五年や十年でさとれるわけがない。つつ゜く。

